ヨーロッパの主要都市には、「中央駅」と言われる街の鉄道網の要となる駅があります。2006年サッカーW杯の開催に合わせて開業し、30年に渡るベルリン東西分断によって機能を失いかけていた街の鉄道インフラを統合したベルリン中央駅は、その代表的な例です。こうした中央駅は、駅舎建築としても一見の価値であり、訪れる人々を魅了し続けています。ベルリン中央駅の100年前に開業したハンブルク中央駅もその1つです。そこで今回は、ハンブルク中央駅の駅舎について紹介していきたいと思います。
ハンブルク中央駅は、ハンブルク市庁舎からおよそ800m、世界遺産に登録されているシュパイヒャーシュタット(Speicherstadt)からも徒歩ですぐの市中心部にあります。1906年に開業したネオルネサンス様式の駅舎は、全長150m幅114mと大きく、1日で50万人もの人々の利用もある、まさに「中央駅」となっています。この設計を手掛けたのは、ハインリッヒ・ラインハルトとゲオルグ・ジューセングースというドイツ人建築家でした。1900年の設計コンペで一等に選ばれた彼らの設計案は、当時では斬新であったユーゲント・シュティールという様式でデザインされていましたが、皇帝ヴィルヘルム2世がこれを酷く嫌ったため、建築家は設計の変更を余儀なくされ、最終的に今の建築様式で建てられたそうです。
外観は、このように宮殿のような壮麗な趣となっていますが、それ以上に魅了されるのが、建物内部の高さ37m横72mある大きな無柱空間です。ここでは、プラットホームが地上よりも下につくられていることで、外観からは想像できないような大空間が広がっています。実は、これにはモデルとなった建築がありました。それは、1889年のパリ万博で建てられた機械館でした。この機械館は、その頃最先端のスチールを用いた骨組み構造で、その内部は従来の石造りではつくり出せなかった巨大な無柱空間となっており、これを見本としてハンブルク中央駅に取り入れられたのでした。実は、この無柱空間は、今でも駅舎建築の中ではドイツ最大のものであるそうです。
20世紀初頭に建てられたハンブルク中央駅は、その当時からドイツの重要な駅の1つでありました。駅舎が完成して間もなくは、ハンブルク港からアメリカへと移住する何百万人もの人々の中継点となったり、2つの大戦では、この駅から多くの兵士が戦地へと送られたのでした。第二次世界大戦中に建物が大きく損傷したことから、建物を取り壊して駅舎を新しく建てることも話し合われました。しかし、最終的に修復して当初のかたちを保つように決まり、1949年には終戦以来再び列車が発着できるまでに回復したのでした。
戦後は街の発展に合わせて駅利用者も増加したため、70年代には改築工事が行われました。今では、地下鉄も乗り入れ、さらに、コペンハーゲンやプラハ、チューリッヒなどの国際列車も発着する北ドイツの重要な鉄道拠点となっています。現在、一日に1200本の地下鉄・Sバーンの列車、そして800本の中・長距離列車が行き来する巨大な駅へと成長し、将来的にも列車の発着数が増えていくことが予想されるため、駅を拡張することが計画されているそうですが、ハンブルク中央駅の無柱空間はそのまま維持されていくでしょう。ハンブルクを訪れた際は、100年以上も前から続くこの見事な大空間を是非ご覧になってみてはいかがでしょうか。
※ハンブルクについてはこちらの記事でも紹介しています※
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