ベルリンには市内を2分するように1つの川が流れていますが、その市中心部には中州が形成されています。この中州の北半分には現在5つの美術館・博物館があり、これらを「博物館島」と呼びユネスコの世界遺産に登録されています。当時、ベルリン王宮と対面するように、この博物館島の中で最初に建てられたのが、アルテス・ムゼウム(旧博物館)でした。この博物館は、ドイツ人建築家カール・フリードリヒ・シンケルによって設計され、後の建築家や美術館建築に大きな影響を与えてきました。今回は、そんなアルテス・ムゼウムについて詳しく見ていきましょう。
まずは、この博物館を手掛けた建築家カール・フリードリヒ・シンケル(1781~1841)について簡単に紹介しておきましょう。彼の建築は、新古典主義を中心としたスタイルのものが数多く残っており、アルテス・ムゼウムのすぐ近くにあるノイエ・ヴァッヘやポツダムのバーベルスベルク宮殿なども彼が手掛けています。特筆すべきは、彼の建築で良く見られる列柱空間で、この古代ギリシア建築由来のポルチコをベルリンの都市風景として根付かせたとも言われています。
まだベルリン王宮が存在していた1830年に開館したアルテス・ムゼウムは、正面にベルリン王宮、向かって左側にベルリン大聖堂が建つ場所に建設されました。これらの建物によって、王宮の庭園であったルストガルテンを囲んでいました。そうしたことから、特にこのルストガルテンに面するアルテス・ムゼウムのファサードにシンケルは力を注いでいます。
ここでも彼は、18本のイオニア式の円柱で列柱空間を生み出しています。それに加えて、幾何学的、シンプルかつ端正なプロポーションのこのファサードは、モダニズムの建築家たちにも非常に高く評価され、近代建築にも通じる美しさを持つ外観であり建築であると言われています。
アルテス・ムゼウムは外観と同様に、その内部空間も高く評価されています。特に、当時の博物館では利便性を重視するプランニングが主流でしたが、この建築でシンケルはシンボリックな空間のある博物館としてプランニングを行っています。彼は、博物館の中央に大きな円形空間を配置し、その周囲には20本のコリント式の円柱が立ち、さらに天井はドームになっています。この象徴的な空間を囲むように周囲に展示室が配置されるというプランの博物館に計画されており、こうしたシンケルの新しい博物館設計の概念は、後の建築家たちによって広く採用されていきました。
先にも述べたように、19世紀前半に新古典主義という様式で建てられたアルテス・ムゼウムですが、ルストガルテンに面するファサードを中心として、この建築の絶妙なプロポーションや構成は、20世紀の近代建築の美学にも影響を与えた美しさを持っています。その美しさは写真からでも感じることができますが、実際にこの博物館を目の前にするとまた違った感覚を得ることができます。博物館島を訪れた際は、是非この博物館を一目見てみてはいかがでしょうか。
ベルリンの建築はこちらの記事でも紹介しています。
○ドイツ旅行、ドイツでのガイド、空港送迎、チケットの手配などが必要でしたら、こちらのお問い合わせにご連絡ください。Berlin Easy Stayでは、素敵なドイツ旅行を演出します。